2013年03月15日

その「祈り」に意味はあるのか?

先日、3.11慰霊行脚についてアップしました。
恥ずかしながら、というか蛇足ながら、いくつかの思うことを書いていきたいと思います。


(宮戸島の風景。あまりにも綺麗ですが、後ろを振り向くと、数軒の礎石を残して、堤防、家屋、みな流されております)

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行く前のこと。
まず、やはり端的に今回のことを”ブログに書くことが誇示すること”となりはしないか?という疑念がありました。
言ってみれば、これは今回のことに限らないんですけどね。

「おほよそ菩提心の行願には、菩提心の発不発、行道不行道を世人にしられんことをおもはざるべし、しられざらんといとなむべし。いはんやみずから口称せんや。」『正法眼蔵』「谿声山色」巻


ただの増上慢、つまり”俺ってこんなに良いことをしたんだぜ!!”的な気持ちが表れてはこないだろうか?、もしくはブログに表記する=誇示しているのではないか、という自問です。もっと言えば、善意を売り物にしている、ということ。

これは、”ないつもり”で向かった電車の中でも、知らず知らずにその頭がもたげてくる。そんな気持ちで行っていないのに、ふとした瞬間に浮かんでしまう。まったく、名利の心は恐ろしいものです。(これ本音)

ただ、くどくなりますが、もう少し丁寧に吟味すると・・・
つまり、”書くことでよく思われたい”あるいは逆に”書くことで「坊主のくせに自慢してやがる」と言われるのを嫌がる”というのは、まったく反対のことを言っているようだけれども、実は「我が身かわいさ」故なのです。この我が身かわいさ、に気付いてしまった・・・克服できているとは口が裂けても言えませんが、少なくとも「気をつけていないと現れてくるのが、この”名利の心、我が身かわいさ”なんだな」とは感じました。

それに、『正法眼蔵随聞記』にも”世俗の法と仏教の法は違うものである。いたずらに、世法を仏法に当てはめるべきではない”というようなことも書かれていたと記憶しております。だから、仏法に生きる僧侶は、仏法に適う生き方を絶えず模索し、実践していかなければならないのでしょうね。

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それから、「祈り」に対して、根本的な疑問がありました。
すなわち「祈りって必要か?」ということ。「祈って何になる?」と言い換えてもいいかもしれません。

・・・ずいぶん不信心な発言に聞こえますよね。「坊主のくせに、よくそんなこと言うな」と不快に思われたらすみません。これもしかし、偽らざる本心だったりします。

「祈るってなんだろう」と結構真剣に考えたりしておりました。仏教的に、例えば「祈祷」という言葉があるので、その意味を禅学大辞典とか、織田得能仏教辞典で調べたりとか。・・・結局、よく分かりませんでした。

ただ、一つだけ言えるのは、今までの人生の中で自分は”本当に祈らなければならなかったこと”がほぼ皆無だったかもしれません。
まぁ、これは良いとか悪いとかは言えないのが難しいのですが・・・。

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「自分のやっていることは無駄なんじゃないか?」やはり行脚の前にも、考えます。

さて、当日は本当に寒く、前日が10度を優に超えていたのが嘘のようでした。雪は舞い散り、昨夜の一降りだけで10cmは積もっています。

そんな中、出かけた行脚。これは所謂行脚姿をして、手には鈴をもち、お経を唱えながら被災地を歩くもの。
被災した松島のお寺の檀家さんが先導してくださり、ところどころ特に多く亡くなられた場所に於いては、立ち止まり特別なお経を読みます。
瓦礫の山だったところは今は草が生え、何も知らなければ、もしかしたらただの空き地に見えたかもしれません。松林は壊滅的なダメージを受けたとは言え、何本も今なおその姿をたたえていますし、澄み渡った空には悠然と鳥が飛んでいる。口をつくお経が、まるで虚空に吸い込まれて、ただ静寂が残っているだけ、という圧倒的な空虚感すらしてきます。

とにかく、寒かった。また、電車も止まっていたくらい風が強かった。正直、手がかじかんで鈴を落としそうにもなりました。

その刹那、「意味があるとかないとか、それが戯論だったんじゃないか」と思えてきました。それって全部自分が基準。自分が意味があるとおもえば、だれに言われようとあるわけだし。ないものもない。それにしがみついている”自分”。

これは誤解の無いように言いますが「自分が良いと思えば、それでいい」というような幼稚な発想ではありません。
求めてくれる方がいて、提供できる"安心”があるならば、そしてそれが僧侶ができることであれば、やらない理由は一毫もありません。難癖をつけることは、実はそれもある種の我が身の優位性、または”やること、もしくはやらないことに言い訳を考えているだけ”を人に知られんとするからに他ならないのかもしれません。

かつて全国曹洞宗青年会の前会長が、さる講習会で、私共青年僧侶にこのように言われたことが、強く印象に残っています。
「みなさんの周りのお寺さん、とくにご年配の僧侶でも、”ああいうボランティアに従事することが坊さんの本来の活動だとは思わない。もっと他にやることがあるだろ?”と言われる方がいると思います。しかし、私は敢えて言います。それは”全くの戯論”である、と。」

(余談ですが、このあたりのことを含めて『正法眼蔵』「諸悪莫作」という巻が、最近、非常に強い力を持って私にせまってくる様な気がします。”気がします”と逃げているのは、あまりにも難しくて、よく分からないからです。でも、分からなくても「何かがある」ことはよく分かります。また参究してみたいと思います)
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法要の中で、啓白文(けいびゃくもん)という文章を読み上げます。

簡単に言えば、これは「法要の趣意書」であり、これを仏の前にて奉読するわけですが、今回、これを読まれたのが、この被災寺院(住職さんの命も建物も全てを失われた)の住職さんの弟さんでありました。
原文は覚えていませんが、途中「どんなに辛いことがあったこの場所だとしても、生き残った人はこの土地を離れないでくれ、生きてくれ。」という意味の言葉が出てきました。

実際、法要に参列された方はもちろん、このお寺のお檀家さんであり、亡き住職のお身内の方であった訳ですが、私が感じたのは”前を向いて生きている”ということでした。(ただし、これは全部がそうだとか、そういう簡単な話ではありません)

言うまでも無く、私が想像できないほどの辛苦を受けてこられたと思います。きっと、この方々も必死に祈り、涙を流され、悲しみにうちひしがれてここまでこられたんだろうと思います。その方々が淡々と、しかししっかりと生きておられる。そのお姿に衝撃に近い感激を受けました。

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法要後、遅い昼食をいただきに行きました。
まぁせっかくですから(笑)、名物の牛タンを。当然、僧衣を着たままface06
ええ、皆さんご存知の「利久」です★

美味しくいただいて後、会計をしたとき、まだ20代後半とおぼしき若い男の店員さんが、たぶん接客で決められたフレーズであろう「ありがとうございました。またお越し下さい」と言われた後、私の姿をちらっと見られて言いました。

「ご苦労様でした。ありがとうございました。」

私は、この一言に、あの未曾有の震災直後に世界から絶賛された東北の美徳、美しい生き様、即ち自分をよく調え、他人を慮る気持ちが結実されていると感じました。そして私たち僧侶の生き方が、ほんの僅かでも、彼の地の方に安らぎを感じてもらえることができるなら、まだまだやれることはあるだろうと確信したのです。

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長文をお読み下さり、本当にありがとうございました。
今回のまとめです。

「祈るだけでは、何もはじまらない。
  しかし、祈りからしか、何もはじまらない。」




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